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1日ひとつだけ自分を好きになる

自分を飽きさせないために

初心

2017年も28/365終わってしまう…。

書き残しておきたいと思ったことを書いておく。

  • なんでもかんでもフォロー・ふぁぼしない

Twitterの使い方ですごく悩んだ時期があって、そのときは自分の現状を上手く言語化できないまま、悩むのもめんどくさくなって、もう一旦考えないようにしようと思ってすっぱりアカウント停止に踏み切ったんだけど、今なら自分のことわかる。

正直あんときのTwitterの使い方は異常だったというか、自分を見失ってた。 良いと思ったものをなんでもかんでもフォローして、なんでもかんでもふぁぼってた。 ふぁぼったものの中には「あとで参考にしたい」と思ったメイキングやらTIPSやらも多分にあって、その殆どを見返すこともなく、何の役にも立てられなかったわけだけど。

今にして思えば、そのあり方に疑問というか、危機感を持っていたんだと思う。 ふぁぼをカテゴリ分けする機能とかあればまた違ったかもしれないけど、そういう風には出来てないところでそれを求めても仕方ない。(まあ、自分でそういう機能も作れなくはないだろうけど)

フォローされたら大体フォロバしてたのもどんどん自分を見失わせてた。 正直、自分は平気と思ってたけど、人の感情の奔流に影響されないわけないんだよな。 平気だったら1ふぁぼ、1RTにいちいち一喜一憂しない。 そんなもののために毎日暇があったら携帯とにらめっこして、通知を気にして。

そりゃ心も摩耗する。

SNSも人と人の繋がりだから、体面気にして言わなかったけど、 僕はあの時、ちゃんと疲れてた。

またあの人達と話がしたい。僕を見てもらいたい。そういう思いはある。 止める前は一世一代の大決断でもするのかぐらいの気分だったけど、一度離れられれば平気なもんだった。もう心の整理は十分できた、と思う。 多分、また色々考えると思うけど、自分にとって最適な距離感っていうのを保って付き合っていくと思う。 でも、それは、今まで僕が自分を偽ってまで平等に接してきた人たちとは明確に距離を置くということでもある。差別だろうか。

そんなことをずっと考えているせいか、新しく作ったアカウントでも呟けない日が続いてる。まあ、現実のほうが落ち着くまでは良いかな、なんて思ってるけど。

でもまあ、少なくとも、疲れたら「疲れた」って気にせず言える環境に居たいかな。